花園

花園

去年、息子が自分の母校の高校に入学したとき
オフクロさんが、ワタクシの、高校時代の記念品を出してきてくれました。

親というのは、本当にありがたいものです。

これは、高校三年生の冬に
高校ラグビーの全国大会・いわば「花園」に出場したとき
記念に買ってきたテナントです。

ワタクシは、小学生のときに、
当時の早稲田大学のラグビーを見て、衝撃を受け
高校に入ったらラグビーをやると決めておりました。

だから、第一志望の高校に合格したときも、もちろんうれしかったのですが
ラグビー部に入部したときは、もっとうれしかったものです。

当時の群馬県は、埼玉県と代表決定戦があり
埼玉県は強かったので、なかなか勝てませんでしたが
絶対に埼玉県代表に勝ってやると、毎日考えておりました。

そんな毎日でしたから、学業成績は劣悪でしたけど
充実した高校生活でした。

三年生のとき、運が良いことに、一県一校の出場枠となり
群馬県代表が、花園に出場できることになりました。

我々の同期は、一年生のとき30人以上いたのですが
いつの間にか、15人必要なのに9人になっており
新人戦も、春の大会も前橋商業に負けて
谷間の弱小年代と言われておりました。

三年生の夏合宿のころは、
同級生が、受験の準備しているのを横目に見ながら
ぜんぜん勝てなくてつらかったのですが
それでも、夢をあきらめることなく毎日練習して
秋の全国大会予選の決勝戦は、農大二高に、なんとか勝って
ずっと夢見てきたことを、実現することができました。

50年近く生きてきて、うれしかったことはたくさんありますが
花園出場が決まったときの瞬間は
間違いなく、人生で、5本の指に入る感激のひとときでした。

花園では、
一回戦は、九州の熊本工業に19-3で勝ち
二回戦は、東京の目黒高校に30-4で負けました。
このとき、目黒高校は準優勝しましたので
全国で二番目に強い学校と、
満員の花園のメインスタジアムで、ガチンコで対戦するという
夢のような時間を過ごさせていただきました。

30年前の出場校は、県立の工業高校と普通高校が中心でしたが
このとき優勝した、国学院久我山高校など
30年経った今でも出場し続けている高校もあり
その努力には、アタマが下がる思いです。

このテナントを見ると
情熱をもって、純粋に夢を追いかけていたときのことを思い出し
涙が出てきます。

日々の生活の中で、情熱が消えかかっていたら
もう一度ながめてみて
30年前の自分に、一喝入れてもらおうと思います。


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いとしのデューク

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群馬県高崎市在住の
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