「ゼロヨン」と「エヴィス」



実はわたくし
二年間程度の短期間ではありましたが
ジーパンを企画・製造して
量販店に販売する会社で働いてたことがあるんです。

そのころは、「ユニクロ」さんが
まだ、ローカルのお値ごろカジュアルチェーン店であり
ちょうど、上昇氣流に乗り出したころで
今のユニクロさんしか知らない人が見たら
ビックリするような、
エグい、テレビCMをやってたりしたのですよ。

で、当時、
大手スーパーのカジュアル衣料品コーナーにて
レーヨン混のジーパンというアイテムが
メチャメチャ売れたのであります。

どのくらい売れたのかというと
わたくしが勤務していた会社は
かなりの大手だったのですが
あるシーズンの商品ラインアップで
綿100%のジーパンがワンマークだけで
あとは全部、レーヨン混のジーパンだった
というくらいだったのでありました。

レーヨンというのは
ソフトで肌ざわりが良い反面で
耐久性がイマイチなので
ジーパンにレーヨン入りの生地を使うという発想は
それ以前のジーパン業界には
ほとんど存在していなかったのではと思います。

レーヨンのジーパンのパイオニアは
「ボブソン」の「04(ゼロヨン)ジーンズ」
だったと思います。

これだけ売れてるのならということで
わたくしも、さっそく、
「ボブソン・ゼロヨンジーンズ」を買ってみましたが
ソフトではきやすくて
こりゃ、特に、おばさまに売れるのは、良くわかるわ
と思ったものでした。

レーヨンジーンズが全盛だったときに
一部のマニアを中心に
じわじわ人氣が高くなってきたのが
「ヴィンテージタイプのジーパン」
というものでした。

こちらは、レーヨンジーパンとは真逆であり
もちろん綿100%で
何回洗っても、なかなか肌になじまないほどの
ごわごわで、かたい生地を使用したジーパンでした。

こちらも試してみなくちゃねってなことで
さっそく購入してみましたよ。

「リーバイス501」の、
ホンモノのヴィンテージジーパンなんて
間違っても買えませんので
購入したのは「エヴィス」でした。

当時は、今ほどメジャーでなく
一部のマニアが愛用してたって感じでしょうかね。

それでも、当時のおカネで
1万5千円以上しましたので
それまでに買ったジーパンの中では
ダントツに高価なものではありました。

両方を、はきくらべてみると
ひとことで「ジーパン」とは言っても
まったく違うモノでありますので
正反対のモノが同時にヒットするとは
面白いものだなと感じておりました。

いっとき、
あれだけ売れていたレーヨンジーパンは
今では、街でほとんど見かけなくなり
「ボブソン」は、いつのまにかなくなっておりました。

今では、あちこちで見かけるようになった
「エヴィスジーンズ」も
わたくしが購入した、心斎橋のジーンズショップは
しばらく前になくなってしまいました。

当時、阪神大震災のころ
大阪の心斎橋筋商店街には
個性的なジーンズショップが、いくつもあったのですが
今となっては、ほとんどなくなってしまいました。

心斎橋筋をブラつきながら
巨大な「ユニクロ」「GU」「H&M」を見かけると
なんだか、無常観を感じてしまいます。

耐久性が氣がかりだった
「ボブソン・ゼロヨンジーンズ」ですが
20年経過した現在でも健在です。

「エヴィス」は、今でも購入できますが
「ボブソン・ゼロヨン」は
もう、入手不可能なので
これからも、大切に、
はいていこうと思っております。

追記)
わたくし、最近では
ジーンズショップなんぞには
ほとんど行かないもので知りませんでしたが
「ボブソンゼロヨンジーンズ」は
某郊外型カジュアルチェーンが
復刻版を販売するのだそうです。

「ラブラドール・レトリーバー」を
現在「し☆★ら」が販売してるようなものだとしたら
似て非なるものかもしれませんが
興味があるので、こんど見に行ってみようかと思います。
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ボストンテリアくん



ドッグランは、ほぼ貸切状態でした。

トリプルスター産のラブラドールは
現在のイヌ業界では
かなりデカめだと思われますので
キイロの、デカめのラブラドールが
八つもいると
そりゃま、なかなかの迫力なのでありましたよ。

そんな中に、果敢にも侵入してきたのが
この、パンダイヌです。

わたしゃ、パグかなと思ってたんですが
「ボストンテリア」という犬種なんだそうですよ。

お名前は、「ぐり」だったか「ぐら」だったか?

で、このパンダ野郎が
度胸がいいんですよ。

自分より、
どう見ても3倍以上デカいラブラドールに
どんどんちょっかいだすんだから
たいしたものです。

画像は、
まとわりつかれたうえに
マウントまでされて
激しくウザがるデュークさんです。

このあと、全力疾走で逃げ回っているのを
延々と追いかけ回されておりました。

デュークさんよ
そのデカい図体で逃げ回るとは
おとーちゃんは、ちょいとかなしいぞ。

スピッツの思ひ出



サマーランドには
陽氣も春になってきたためか
たくさんの犬連れ家族が来ておりました。

その中で印象に残っているのが
ミニクーパーばかり10台以上で集まっていた皆さまと
(イヌとクルマと、どっちがきっかけなんでしょうかね?)
スピッツを連れた皆さまのグループでした。

スピッツの皆さまは
ひょっとしたら、われわれと同じく
同じブリーダーさんをベースにした
いとこ会なのかもしれませんね。

この画像は、
集合写真を撮影している風景ですが
片側にヒト
片側にイヌという構図で
じーっと見ていると
シュールで笑えてきます。

しかし、スピッツ20頭以上って
なかなか迫力あります。

スピッツといえば
「よく吠えるイヌ」というイメージでした。

むかし、近所のクリーニング屋さんにいて
おつかいにいくと
イヤって程に吠えられた記憶があります。

そのためか、
いっとき、あまり見かけなくなったようですが
こうやって、守ってきた人たちがいるんですねー。

そういえば、こんだけ集まっているのに
ぜんぜん吠えていなかったですから
年月を重ねて、品種改良したのでしょうかね?

だとすると、
「番犬」には不向きになったのかもですね。

東京サマーランド



しばらく前から、ずーっとあわただしくて
ひさしく、休んでおりませんでしたので
日曜日、フルでお休みをいただくことにしました。

出かけた先は、「東京サマーランド」です。

むかし、たしか、テレビCMとかをやってたので
名前は知っておりましたが
行くのは初めてです。

仮にも「サマー」と名前がついてる場所に
早春の、こんな時期になんで?ってなことですが

なんでも、ここに、ドッグランの施設ができて
プレオープンだから行かないかと
お誘いをいただいたのです。

わたくし、震災以後、
関東エリアを広く移動していないので
交通網には疎いのですが
なんでも、圏央道とやらを利用すると
あきる野までは、一時間半もあれば
行けるのだそうです。

ということは、
今まで、一泊しないと無理かも
と思っていた場所に
今後は行けるということですから
便利な世の中になったものです。

で、今回集まったのは
デュークさんの兄弟と
デュークさんの親族と
そこから波及したイヌ仲間の皆さまでした。

キイロばっかり、総勢8名です。

こうして見ると
親族は、なんとなく似てるよねー。

最近は、小ぶりのラブラドールが多いようですが
ウチらの仲間は、時代に逆行して大柄ですから
この一群は、やっぱ、存在感がありました。

そんなかでも、わが家のデュークさんは
いちばんデカくて、
いろんな意味で目立っておりました。

お彼岸をむかえて
春の陽氣の中で
イヌ親族の皆さまと、
充実した時間を過ごすことができました。

EW&F「黙示録」



モーリス・ホワイトが亡くなったとのこと。

アース・ウインド&ファイヤー(以下EW&F)を
初めて知ったのが、中学2年生のときだから
もう、EW&Fを聴き始めて40年近く経過したことになる。

自分が、中学生~高校生の時代(70~80年代)は
邦楽も、洋楽も
音楽が本当に元氣だったと思う。

というよりも、
スペース・インベーダーで大さわぎしていたくらいだから
音楽以外の娯楽なんて、
ほとんど無かったんじゃないかな?

そのころ、一番欲しかったのが
どんなチンケなものでもいいから
レコードが聴けるステレオだった。

時間があれば
あちこちのデンキ屋さんにいっては
オーディオ機械を
うっとりながめていたものである。

そのクセは、今でも抜けないけどね。

高崎の街中にだって
何件もレコード屋さんがあって
デパートや、駅前のニチイにだって
しっかりと、
自前のレコード売場があったと記憶している。

中学生のころ
わが家には、ばあ様が使っていた
オモチャみたいなレコードプレーヤーがあっただけで

それ以前に、LPレコードを買うお金なんて
まったくなかったから
音楽は、もっぱら、愛機だったラジカセ
「ナショナル・リモコンマック(名機だった)」
で聴いていた。

なんたって、ラジオ番組を録音するための
カセットテープだって、なかなか買えなかったんだから。

今でも覚えているが
中学三年生のとき
生まれて初めて、自分のお金で買った
洋楽のアルバムが
ビリー・ジョエル「ニューヨーク52番街」だった。

たしか、高校受験前の夏休みということで
ばあ様から、臨時のこづかいをいただいて
そのお金で購入したのである。

前述の環境だったので
LPレコードではなく、ミュージックテープだった。

購入したお店は
音楽好きの同級生(カネコくん)にすすめられて
慈光通りにあった「名曲堂」。

お店のおばさんが親切だったのが
記憶に残っている。

珍しくお金があったので
二番目に買った洋楽のアルバムが
(これもミュージックテープ)
EW&Fの「黙示録」

今思うと、
「太陽神」
「黙示録」
「灼熱の狂宴」
とかって
当時の邦題は、なかなかスゴかったんだな。

で、「黙示録」だが
お目当てはB面一曲目の
「ブギー・ワンダーランド」でしたが
このアルバムは、A面がいいのである。

「石の刻印」から「天空に捧ぐ」まで
※)繰り返すが、すげー邦題である。
イッキに聴かせます。

EW&F屈指の名曲である
「アフター・ザ・ラブ・ハズ・ゴーン」
もあるしね。

あらためて聴くと
高崎の慈光通りの風景が
脳裏にうかんでくる。

あのころは
ダイエーが出てきて
高島屋ができて、
※当時、高崎にはデパートがみっつあり
  しかもひとつが伊勢丹だったって
  信じられんな
新星堂ができて
スエヒロがあって
サウンド・イン・ネギシがあって
ビビがあって
鎌倉屋があって
マクドナルドは、大混雑で
週末は、通り一面に暴走族がいてなどなどと
とにかく、慈光通りは
活氣に満ち溢れていたのだ。

そんなときに聴いていたEW&Fは
たとえモーリス・ホワイトがいなくなったとしても
これからもずっと
自分に元氣を与えてくれるのだ。

プロフィール

いとしのデューク

Author:いとしのデューク
「週刊だるま通信」へ
ようこそ!

群馬県高崎市在住の
オーバーフィフティ
大学生と高校生の男の子
ふたりの父親です。

好きなものは
お酒(美味しければなんでも)
ジャズ
ラジオ
ウオーキング
ラグビー
魚(釣る・観る・食べる・飼う)
ラブラドール・レトリーバー
読書
神社めぐり&ご朱印収集
です。

日々のできごとを、
週単位で
氣まぐれに綴っていきます。

※)当ブログは、
 プライベートなものです。
 内容に共感できないかたは
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 また、
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 同時に、
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