根津の思ひ出




学生時代に、体育会なんぞに所属していると
全国的な強豪チームじゃないとしても
けっこう忙しいものですから
フツーの学生さんが
アタリマエのようにやっている
「アルバイト」というものは
なかなか時間がとれなくて
長期的には、できないものなのであります。

もちろん、おカネは無いものですから
バイトをしたいなとは思うのですが
シーズン中は、毎日練習がありますので
午後の授業には出れず
朝から目一杯授業を組まないと単位がとれず
週末は
遠征やら練習試合やら公式戦やらで不在なので
どうしても夜中のバイトしか
選択肢がないということになります。

当時は、未だコンビニも少なくて
わたくし、いっとき、
深夜の居酒屋のバイトをしておりましたが
土日に行かないと雇っていただけないので
授業⇒練習⇒深夜バイトの繰り返しはともかく
土曜日の夜、ほとんど寝ずに
日曜日の朝から試合で遠征に行くと
こりゃ、いつかカラダをこわすなと思い
バイトのために、本業に支障が出たら
ナニやってるからわからないもので
お金が目的までたまったら
渋々バイトを断念したのでありました。

とはいっても、大学の体育会とは
けっこうお金がかかるものですから
稼がなきゃいかんわけです。

とりあえず、若くて体力はあるものですから
アテにされているルートがあって
夏と冬のシーズンオフのときには
定例となっているバイト先に
チームごとお世話になって
稼がせていただいていたのでした。

わたくしが行っていたのは
某M百貨店の、
池之端にあった物流センターにて
お中元とお歳暮の時期に
品出し作業をするものでした。

当時は、バブルのちょい前で
景氣がよかったものですから
とにかくハンパじゃない物量が動きましたので
ピーク時は、朝から夜の10時まで休むヒマ無し
帰宅しても銭湯には閉店していて行けず
ってなくらい忙しかったものでした。

当時の扱っていた商品は
カルピス
ジュース
調味料
カンヅメ
などですが、
年間のメインが「サラダ油」なので
まあ、重たいわ、油断したら割れるわで
そりゃ、体育会学生が重宝されるわな
と思ったものでした。

同じ場所に
M大とH大の応援団が来ていましたけど
当時のこの人たちは
旧日本軍のごとく
上級生が下級生を
アタリマエのように殴るわ蹴るわなので
オレたちは、まだマシなんだなと思ったものでした

それでも、期間が終了して
お金をいただくときには
自分で稼いだお金としては
人生で初めての大金だったので
一年生のときは、手が震えたものでした。

当時は、
千代田線の「根津」駅から通っていましたが
千代田線というものが
東京のど真ん中を通ってくるもんですから
通勤時の混雑は
これぞまさに東京のラッシュアワーかと、
たまげたものでした。

30年ぶりに、根津の駅をおりてみて
あのころを思い出しました。


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29年前のテレホンカード



かあちゃん(おふくろ)から
「こういうものがでてきたよ」といわれて
テレホンカードをいただきました。

大学4年生の冬に
名古屋で開催される
「全国地区対抗大学ラグビー」
という大会に出場したのです。

大学選手権に比べたら
マイナーな大会というものの
全国から、地方の国立大学とかが
各地の予選を勝ち上がって出場する
歴史ある大会なのです。

そこで、われわれは優勝したのでありますよ。

そのときに業者が
記念品として作成したものを
親が購入していたようです。

23歳のときですから
今から29年前になります。

最近は、ケータイがアタリマエになって
テレホンカードを使うことも少なくなりましたので
おサイフの中に
御守りとして入れておこうと思います。

ある愚か者の場合④



今回の同期会には
N監督が“ぜひ参加させろ”ってなことを言ってるんで
特別参加するというウワサがありました。

なんたって80歳オーバーだから
そんなとこに招待したら、
ヤバいんじゃねーのと思っていましたが

ホントにお見えになっておられましたよ。

しかも、思いっきり元氣でやんの。

フツー、80歳を過ぎたら
聴覚がイマイチとか
背中が曲がったりとか
滑舌が悪くなったりとか
歩き方がヨロついたりとか
いろいろあるもんですが

25年前にお会いしたときから
会話はフツーだし
背筋は伸びてるし
足どりもしっかりしてるしで
アタマが白くなった以外は
ほとんど変わっておりませんでした。

二次会でも、
自分が中座した11時過ぎても
全然元氣で、
眠そうにも
帰ろうともしておりませんでしたので

ひょっとしたら、
人間じゃなくって
マジで妖怪なんじゃねーの
って思いましたよ。

自分は、お世辞にも
優良な部員でも選手でもありませんでしたが

一年生のとき
リーグ戦の公式戦三試合目で
それまで、ベンチにも入っていなかったのに
上級生がケガをしたので、急遽抜擢され
以来、卒業まで
公式戦で欠場したのが、三試合だけというくらい
ずっと使い続けていただいたのでした。

いったい、自分のナニが良くって
使い続けていただけたのか?
聞きそびれてしまいましたが
使っていただいたおかげ様で
充実した大学生活をおくることができました。

ご無礼な部員だったおわびと
使い続けていただいた感謝の氣持ちを
お伝えしなくてはと思っていましたが

結局、会の盛り上がりに流されて
お伝えすることはできませんでした。

おれって、ダメ人間の「おろかもの」だねー。

まあ、本人は100歳以上生きると言ってましたので
あと20年のうちには、
氣持ちをお伝えせねばと思っております。

それ以前に
こちらが先にあの世に逝っちまわないように
健康管理しなきゃいかんなと実感しました。

そうじゃないと
「あいつはさ、
 間違いなく、おれより早く死ぬと思ってたさ。
 カスだねえ
 のほほほほ
 なっはっはっはっは。」
って、笑われてしまいますからね。

さすがにそれだけは、
なんとしても回避しないとね。

ある愚か者の場合③「有楽町で会いましょう」



ヒコーキも順調に飛んで
会場の有楽町に着いたら
7時半を過ぎていました。

有楽町といえば思い出すことがあります。

それは、Y主将のことです。

Y主将は、一年後輩の女子マネ(現在の奥様)と
現役時代、ひそかにおつきあいをしていたらしいのですが
みんなに絶対見つからない場所ってことで
銀座で会っていたらしいです。

おメーは、おれたちのことを
バカにしてんだろ?
ってなモンですよね。

ま、そんなことはともかく
今回は、メンバー12名のうち
チャーシュー以外は全員参加です。

なんと今回は、N監督も参加されるそうです。

80歳オーバーで、大丈夫かよと思いつつ
このあと、会場のお店がある、
不二家ビルに入っていくのでした。

ある愚か者の場合②



なんっつっても
体育会(オンナはゼロ)の飲み会に
途中から参加すると、かなりツラいものがありますので

そこで、鹿児島空港のラウンジで
ウオーミングアップをいたしました。

だいたい、どこの空港のラウンジでも
ソフトドリンクはフリーですが
ビールなどのお酒は、有料となっております。

しかし、ここ鹿児島空港は
ビールは有料なんですけど
イモ焼酎は無料です。

薩摩野郎にとっては
イモ焼酎は、
お酒ではないっつーことなんでしょうかねえ?

とりあえず、試食のお菓子をおつまみにして
ガンガンと、ロックでいただきました。

はたしてあれが
「試飲」サービスなんだか
「飲み放題」サービスなんだかはわかりませんが
おそらく、なんも書いてなかったから
いいってことだと、勝手に思っております。

さすが、稲盛和夫塾長と
西郷どんを輩出した土地だけあって、太っ腹です。

プロフィール

いとしのデューク

Author:いとしのデューク
「週刊だるま通信」へ
ようこそ!

群馬県高崎市在住の
オーバーフィフティ
大学生と大学準備中の男の子
ふたりの父親です。

好きなものは
お酒(美味しければなんでも)
ジャズ
ラジオ
ウオーキング
ラグビー
魚(釣る・観る・食べる・飼う)
ラブラドール・レトリーバー
読書
神社めぐり&ご朱印収集
です。

日々のできごとを、
週単位で
氣まぐれに綴っていきます。

※)当ブログは、
 プライベートなものです。
 内容に共感できないかたは
 閲覧をご遠慮ください。
 また、
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